コンプレックスの源泉

結局、誰かに何かをしてあげられるわけでもない人間であるということが、自分の無力さ、役に立てなさ、コンプレックスの源泉なのだなという気がする。

自分が怯えているからなのか、なんなのか、誰でも私をみると、なんだか遠慮がちな顔になるような気がする。自分はここにいたくないという顔をしているのかもしれない。初対面の人に明るく接することができないのは、その場のアットホームさにとってとても悪い影響を生み出して、場に負の貢献をしてしまっているように思う。私のせいで人が不幸になるのではないか。わたしのわけのわからない態度に大勢が悩まされて、判断を狂わされるのではないか。たぶん実際にそういうことはある。変な話だけれど、以前私は転職するたびに、その新しい職場で葬式で休む人が続出するということがあった。死んだ人に面識はない。けれど私と縁があった人が、どういうわけかその直後に大切な人を失ってしまうという経験をするということが続けざまに起きたことがある。私は悪い運気を運んでしまうのかもしれない。私と出会ったことでその人たちの精神がネガティブになり、そのネガティブな思考が家族に伝染して、その人の人生に悪影響を及ぼすのではないか、と時々思う。ふつうのひとは私のような考え方をしないので、私の奇妙な言動や態度にふれてしまうと、何かその人の中でいつもの調子がズレはじめて、その振幅がやがてその人をとりかえしがつかないほど損ねてしまうのではないか。